秋田コアラのマーチ

秋田コアラです、1記事に1つは必ずあなたの役に立つことが書いています。ゆっくりご覧になってください。

「3度目の殺人」見てきました。2017年9月9日 この世に真実はない。

役所広司さん、福山雅治さん、広瀬すずさんと

日本の役者界の名役者が揃った今回の作品。

 

場面は、

殺人容疑の被告として疑われている役所広司さん。

その役所さんを弁護する福山雅治さん。

役所さんと謎の関係を持つ広瀬すずさん。

 

ストーリー展開は置いておいて、

僕がどう思ったかをつらつらと書いていきます。

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真実はない

 

この映画で学んだことは、この世に真実は無いということです。

 

「真実はない」という考え方を僕は以前、

コピーライターの先生にならったことがあります。

 

そんな難しい話じゃないです。

 

ある1つの出来事が起きた時、

例えば、持っている卵を落としてしまったとしましょう。

 

落とした本人からすると、すべって落とした。

まわりで見てるある人には、わざと落としたと見えるかもしれません。

またある人には、卵が落ちてるのはわかったけど、故意におとしたかどうかはわからない。

 

僕たちはみんな色メガネを持っています。

バイアスと言われることもあります。

 

映画の中のセリフで印象的なものがありました。

 

「親子でもわからないのに、他人のことがわかるはずがない。」

 

「長い時間一緒に過ごした親子でも心を通じ合わせるのは難しい。

だから、他人だったらなおさら難しい」ということでしょう。

 

本当にそうなんでしょうか?

 

僕は疑問です。

 

逆に「親子だからわからないことはあっても、他人だから分かり合えることがある」

と考えました。

 

親子だからと、阿吽の呼吸を相手に押しつけて、

空気に察するようにと言っても、それが出来ないこともあります。

 

ここですれ違いが生じます。

 

他人なら、他人だからこそ丁寧に思いを伝えたり、

説明したりすることがあると思います。

 

親子よりも他人の方がミスコミュニケーションが少ないときも

あると思います。

 

もしかしたら、ソッチのほうが多いかもしれません。

 

ミスコミュニケーションは、真実にモヤをかける1つの原因です。

 

ここには「真実はない」というマインドセット

関わってきます。

 

そして、僕が行き着いた答えは、

「真実はない。あるのは、複数のシナリオ」

 

事実は1つかもしれないけど、それは別の話で、

人それぞれにシナリオを持ってしまう。

 

そのシナリオを複数受け止められる人だけが真実に

一番近づくことができる。

 

答えになってるかわかりませんが、

これが今僕が受け取ったメッセージを言葉にする

精一杯のところです。

 

 

映画は小説化もしています。

 

作品としては無駄の少ない良い作品でした。

つまらないと時間が気になるような事はありませんでした。

 

見終わったあとに色々思考を巡らせることが出来ます。

 

僕はまた見る機会があれば、見ようと思っています。